オーストラリアワインの歴史と概要
1788年、シドニーに上陸したイギリスの第一移民船団乗組員によって最初のブドウの樹が持ち込まれ、船長のアーサー・フィリップはオーストラリアを領有した記念に、ファームコープ(現シドニー植物園)に植えたのが始まりとされています。
この樹はその後枯れてしまいましたが、1820年代には南アフリカやブラジルからの入植者たちが多くのブドウを持ち込み、苦しみながらも栽培し、収穫したブドウでワインを造りはじめました。2年後にはワインの商業的生産が開始され、英国への輸出も開始されました。
最初のブドウ畑は現ハンター・ヴァレー周辺に開拓され、各地へと広がっていったのです。当初は英国人の好むフォーティファイド・ワイン(酒精強化酒)の製造が主体でしたが、1860年代からスティルワインの製造へと移り、現在はスティルワインが中心です。
1890年頃からフランス、ドイツ、スペインから多くのワイン用ブドウの各品種が持ち込まれ、同時に最新の栽培・醸造技術も伝わったことから、生産量も上昇し、現在では、世界第四位のワイン輸出で、ヨーロッパ以外の国では最大のワイン輸出国となっています。
現在のワイン生産
サウス・オーストラリア州、ニュー・サウス・ウエールズ州、ヴィクトリア州、西オーストラリア州、タスマニア州を中心に各地で生産され、栽培面積は7万平米を超え、ワイン生産量は40万KLにまで拡大し、オーストラリア輸出産業の重要なアイテムとなっています。
また欧州や、先にワイン生産が盛んになったワイン・ニューワールドの米国からの技術移入もあり、世界の名醸ワインと互して戦えるような名品も生まれています。
オーストラリア・ワインの特徴
広大な土地と広い海岸線に囲まれ、独自の食文化が育まれたオーストラリアでは、ブドウとワインの生産量も多く、価格が大変手頃なことから、気軽に楽しむことができる酒類としてその位置を確保しました。
輸出用の高品質ワインは、充分な日光と適度な雨量などブドウの栽培に向いた環境と、異なる土壌を持ったオーストラリア各地域で、多くのブドウ品種から、異なった味わいのものが生産されています。
特に「白ワイン」はシャルドネ、リースリングなどで世界的にも素晴らしいものが多く生産されています。近年ではウエスタン・オーストラリアやタスマニアのピノ・ノワール、サウス・オーストラリアのカベルネ系など、「赤ワイン」でも高品質のものを生み出しています。
1960年代まで、欧州各国のワイン産地名を使った商標が使われて、原産地名称の問題が国際化したこともありましたが、現在はワイン法により原産地やその地名は守られています。
各生産地の特徴
サウス・オーストラリア州
州都 アデレードAdelaide
サウス・オーストラリア州は、日本の約3倍もの面積をもちながら、人口はわずか150万人強です。大陸の中央南部に位置し、オーストラリア最大のワイン産地であるバロッサヴァレー、世界一のオパール産出地のクーバー・ビディーなどをはじめ、観光名所も豊富です。
SA州のワイン産業は州の経済を支える重要な役割を果たしています。SA州は1996年に全国ワイン総生産量の50%を産出しています。またオーストラリアで一番高価と言われる「グランジ」で有名なペンフォールズ社も当州にあります。
気候や土壌が多様性に富んでいるため幅広いスタイルのワインが醸造されており、赤ワインはシラ−ズ、カベルネ・ソ−ヴィニョンなどの種類が有名です。白ワインでは、リ−スリング、シャルドネ、ソ−ヴィニョン・ブランやセミヨンなどが造られています。スティルワインのみならずスパ−クリングワインも産出しており、こちらも赤・白ともに知られています。
ニュー・サウス・ウェールズ州
州都 シドニー Sydney
ニュー・サウス・ウェールズ州はオーストラリアの総人口のおよそ3分の1が生活しています。盛んな農業、放牧業、鉱業に加え、広範な製造業の基盤があり、またメディアや映画、ソフトウェア産業などのサービス業も高度に発展しています。ニュー・サウス・ウェールズという州名は、イギリスのジェームス・クック海軍大尉(キャプテン・クック)が1770年の探検航海の後、大陸の東海岸全体に付けた名前です。
ブドウの栽培は1790年代にシドニー周辺で始まり、1820年代になってハンター・ヴァレーに広がりました。同州のワイン産業は現在もハンター・ヴァレーで盛んであり、13の高級ワインの産地を有しています。NSW州は、良質のワインから酒精強化ワインを含む濃厚な味わいのデザートワインまでの生産に最適な気候に恵まれ、現在ではオーストラリア国内の4分の1を生産しています。
ヴィクトリア州
州都 メルボルン Melborne
ヴィクトリア州は、オーストラリア大陸南東部の「下顎」に当たる位置にあります。 本土では最も小さい州で、その面積はイングランドとスコットランドを併せた程度で日本と比較すると6割ぐらいの大きさですが、人口はオーストラリア国内で二番目に多く、人口密度では一番の州です。
ヴィクトリア州は州全体がブドウ栽培に適している為、他の4つの州とは異なり、ブドウ栽培が海岸と山地に隣接している土地だでなく、州全体の各所でブドウ栽培が行われています。
1860年代、ヴィクトリア州(以下VIC州)は「John Bull's Vineyards(英国民のブドウ畑)」として知られていました。それはVIC州のワイン産出量、および英国向け輸出量が国内最多であったためです。1800年代の終わりにフィロキセラの被害に遭い、ワイン産業は一時衰退しましたが、1900年代中盤から盛り返し、現在では約300のワイナリーがヴィクトリア州内に存在しています。
ウエスタン・オーストラリア州
州都 パース Parth
ウエスタン・オーストラリア州は西ヨーロッパとほぼ同じ大きさで、オーストラリア全土の3分の1を占めるオーストラリアで一番大きな州です。WA州のワイン産業が、サウス・オーストラリア州とヴィクトリア州よりも早く創立されたことはあまり知られていません。植物学者トーマス・ウォーターズは、1829年にヴィニフェラ系ブドウの苗木を船で運び、その後、オリーブ牧場に地下セラーを掘り、オーストラリア最古のワイナリーを築いたのです。
今日のWA州には世界的にも高級ワインの産地として知られています。冷涼なグレート・サザン地区から地中海性気候のスワン・ヴァレー地区まで、 WA州で造られるワインには厳格なワイン造りの基準と、一貫性の上に築かれた安定した品質を持っています。特に冷涼地で造られるピノ・ノワールやシャルドネ種の品質は最高と評価され、加えて常に安定した品質であると言われています。
タスマニア州
州都 ホバート Hobert
バス海峡によって、本土と隔てられたタスマニア島とその周辺の島々は、オーストラリアで最も小さな州を形成し、大きさは北海道とほぼ同じ程度です。タスマニア州のブドウ栽培とワイン造りは、ニュー・サウス・ウェールズ州を除くどの州よりも長い歴史を持っていますが、1860年から1960年までの100年間は事実上、ブドウ栽培は行なわれませんでした。
それは、タスマニアの気候はブドウの栽培に適さず、公式的な見解からもブドウを栽培することは不可能と判断されていたからなのです。その見解が間違いであることが明からになってからはブドウ畑が各地に広がりました。ピノ・ノワールとシャルドネの栽培が最も多く、その次にリースリングとカベルネ系統が栽培されています。
オーストラリア・ワインの話題
世界に誇るシラーズ
オーストラリアのシラー(シラーズとも呼ばれている)は、ブラックベリー、プラムなどの果実味に甘いスパイスを合わせたような複雑な味わいを持ち、タンニンがまるく、スムーズな口当たりの素晴らしいワインです。
シラーの世界的産地であるフランス・ローヌ地方と比較して、フル・ボディである点は同様ですが、柔らか味と複雑さでは勝るとも劣らず、一部の商品(ペンフォールズ・グランジ等)は欧州でも上位となる知名度、価値、価格で世界中のワインファン垂涎の的です。
人工コルクやスクリューキャップの導入
オーストラリアのワイン生産業界では、ワインには付きもので、世界の生産者を悩ませている、天然コルクによる『コルク臭』コルクが原因の『ワイン劣化』、また天然資源である『コルク樫の自然保護』などを目的に、プラスチックやコルク以外の原材料を使用した人工コルクや金属のスクリューキャップによる保存・熟成に関する研究が盛んです。
この運動はオーストラリアからニュージーランド、カリフォルニアなどニューワールド全体へと広がり、本場のフランスでも南西部の一部生産者が使用をはじめるなど、世界的なムーヴメントになっています。
世紀の大干ばつ
2002年から続くオーストラリアの天候異変は、2008年1月現在続いており、ニュー・サウス・ウェールズ州、ヴィクトリア州周辺の各地は大変な干ばつ・水不足に見舞われています。 ダムや貯水池の貯水量は目標値にまったく届かず、中小の湖や沼沢地は完全に干上がり、国民生活の支障をきたすだけでなく、農業を中心に世界経済界にも大打撃を与えています。
世界的な消費拡大のため、オーストラリアに多くの供給を頼っていた「小麦」などは収穫が激減し、流通価格は高騰しています。食糧自給率の低い日本では小麦の価格高騰が、そのまま粉製品の値上げとなっていることは周知の事実です。
この影響はブドウとワイン産業にも出始めており、2007年産のブドウ生産は平年の190万トンから30-50%は減少することになりそうです。2006-07年度には300万オーストラリア・ドルという過去最大の売上数字を作った「ワイン輸出金額」ですが、単年の落ち込みだけでなく、被害の多い地域のブドウ園が壊滅状態となり、正常な気候に戻っても、再生にはかなりの年月を必要とする、との情報もあります。